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今日の仏法真理 〜幸福の科学 大川隆法 総裁の御著書より〜


■ 『愛、無限』 「信仰と祈り」より
Date: 2008-09-26 (Fri)

私は、あなた方に告げなくてはならないであろう。

イエス・キリストがイスラエルの地において、
「わがアバ、わが父」と呼びたる存在が、
私であるということを、
告げなければならないときが来たのである。

エル・カンターレとは、この地球系霊団の長の名である。
それは、「うるわしき光の国、地球」という意味であり、
「また、「仏の勝利」ということを意味する名前でもある。

あなたがたに、
  すべての真実が明らかにされるときが、
近づいているのである。

過去の仏法真理
http://homepage1.nifty.com/ikumo/butugon/butugon.html
DATE: CATEGORY:ニュース
沖縄教科書抗議集会で、11万県民がこの集会に参加したという記事が出ていた。

これをみたとき「うさんくさい話だな」と思ったが、
案の定、実際は「4万人」の参加で、
しかも、学校関係者などの動員によるものだということが明らかになってきた。

この問題は、もともと、教科書検定のシステムを知っているものならば、
この集会自体がナンセンスであることは、わかるだろうが、
それを、マッチポンプして、以前のj教科書問題の様にしようとしているのが、
見え見えだったので、おそらく、この「11万」という数字は、うそだろうと思っていたが、
やはり、という感じだ。

そもそも、教科書検定に国が関与しないのは、戦前の国家による思想統制に反発してのことで、
この集会自体が、「国によって思想を統一せよ」と言っているという矛盾からスタートしている。

しかも、安部政権から、福田政権に変わったとたんに起こったことで、
裏側の思想が透けて見えるのが、
また、知識や情報を持っているものからすると、逆におかしく見える。

この数字の改ざんは、中国が、南京虐殺を正当化するときの手法に似ている。
実際の研究で、「物理的に不可能」とされている30万という数字は、
中国側によるものだろうが、
今回の数字の改ざんを見ると、その手法が透けて見える。

しかし、三倍とは、恐れ入るなぁ。
実際の数字は、「4万人」なので、その三倍。
しかも、日教組は学校ごと集会に参加させたようだし、
そのほかの組合とかも、かなりがんばったらしい。今回。

しかも、沖縄には、「こういう運動に反対しにくい空気」がある。
自分も一年ぐらい沖縄にいたのだが、
沖縄県民のほとんどは、基地に反対していない。
なぜなら、「基地のおかげで食っていけるから」である。

産業の少ない沖縄では、現在でも本土の7割ぐらいの平均収入しかない。
だから、「基地」は、一つの収入源であるのだ。
それは、よく言われるように、「町の上に基地がある」のではなく、
「基地の周りに町ができた」ことを見ればよくわかる。

ただ、沖縄では、「先の大戦について、寛容な発言はしにくい空気」がある。
だから、公のインタビューなどで、「基地は」といわれると、
彼らは、「ないほうがいいですね」という。

そりゃ、ないほうがいいに決まっている。
「基地をぜひ作ってください」という人がいたらお目にかかりたいもんだ。

しかし、物事には、その奥にある「真実」というものがあるのである。

今回のことも、かなり、後ろからあおっている「隠れサヨク」のメンバーがいる。
朝日新聞とかの報道も、完全にそうだった。
あいかわらずだねぇ。朝日新聞。偏向新聞の面目躍如というところでしょうか。

こういうことを見ると、安倍首相の降板が、死に掛けていた「サヨク」メンバーに、
最後の花を咲かせる機会を与えてしまったのだろうと思う。

しかし、去り行くものは、去りゆくのみ。
間違った思想は、すでに、死んでいるのだ。
世界的に、死につつあるマルクスの亡霊が、断末魔の悲鳴とともに、蘇りつつある日本。
最後のときが、せめて、静かであることを望むのみである。



DATE: CATEGORY:ニュース
三輪中の自殺事件以来、また、自殺の流れが起こっているようである。
未履修事件でも、自殺者が既に二人出ている。

日本では、年間3万人を越える自殺者がいる。
これは、小規模の戦争が起こっているのと同じである。
しかも、わかい人だけではなく、
結構年配の責任のある世代の人の自殺も多い。
今回のような「校長」のような人たちである。

だからこそ、言わねばならないだろう。
自殺は、絶対の悪である」と。

自殺した人は、自分は「楽になれる」を思うのかもしれない。
しかし、残されたものが、どういう状態に置かれるか。
考えていない。
考えたら、自殺などできるはずが無いのである。

自殺されて残されたものは、ずっと苦しむのである。
あのとき、手を差し伸べられなかったのだろうかと。
自殺するほど、追い詰められていたのだろう。
自分も、その状況はわからないでもない。
実際に、いろいろと考えたことがないわけでもないし、
結構、人生の中では、つらい時期もあったからだ。

でも、死のうとは絶対に思わなかった。
それをしたら、負けだと思った。
それだけは意地でもやらないと決めていた。

もちろん、未来に楽しいことがあるとか、
そういう慰めをいうつもりも無いが、
それでも、人間は生きていかなければならないのである。

自殺は、絶対の悪である。
たとえ、どんな状況でも、生き抜かなければならないのだ。

幸福の科学の教えによると、自殺するとどうなるか、について
こう説かれている。

「今、いじめによる自殺事件などが数多く報道されている。
私は、最初の報道を見たときに、
『このような態度をとれば、自殺する人が連続して出る』と思った。(中略)
その理由を述べよう。
自殺した人間を、英雄視したり、悲劇の主人公にしてはならない。
自殺は悪である。この地上での修行目的の放棄である。
それは、英雄的行為ではなく、卑怯な行為なのである。
人生からの逃避なのである。(中略)
死んだ人間は、自殺という行為を通しては、天国に入ることはできないのである。
すべての不成仏霊となって、たいていの場合は、地獄にすらいけずに、
生きている人間に取り憑いて、その家族を、その周りを不幸にさせる。
それが現実である。」
             『永遠の挑戦』 P23〜P24

「現代の日本では、毎年三万人もの人が自殺をする。
これは、同じ年の人でいれば、おそらく五十人に一人ぐらいだろう。
クラスに一人のひとが自殺をするわけである。
そういう人たちの大多数は、この世の苦しみから逃れるために、
「死にさえすれば、もう安らかになる」と思って死ぬ。
なかには、死後の世界を知っていても、
「死ねば天国に帰れる」と誤解して死ぬものもいる。
しかし、その者たちの未来を、あなたがは知っているだろうか。
人には、この世においてい来るべき天寿というものがある。
その人がもし、八十歳まで生きることを、
今世、生まれることの使命としながら、
五十歳で自殺をしたら、その後の三十年、どうなるか、
あなた方は知っているか。
この地上に、本来、生きるべき年数のあいだ、
その人は、天国に入ることも地獄に入ることもできない。
その三十年間、彼らがいるところは、
あの世ではない。この世なのだ。
彼らは、この世において、残されたものたちが、
悩み、苦しみ、路頭に迷い、
そして、その人生が崩壊していく姿を、
自分の予定された寿命が来るまで、見続けなければならない。
そのなかで、あたかも悪夢で苦しめられるかのように、
自分が死んだときのシーンを、
何度も何度も、繰り返し繰り返し、毎日毎日見ることになる。」

             経典『伝道の心』より

これを信じるもの、信じないものいるだろう。
しかし、信じようとも、信じざるとも、
これだけは魂に刻んで欲しい。

自殺は、悪である。

それだけでも、刻んで欲しい。

ちなみに、アメリカでは、自殺は「伝染病」扱いだそうだ。
自殺のニュースを見た人が、連鎖自殺をするケースが多いらしい。
だからこそ「自殺は悪である」ということを、もっと伝えなければならない。

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タグ : 自殺 幸福の科学 永遠の挑戦 伝道の心

DATE: CATEGORY:ニュース
ローマ法王の発言に対して、イスラム教国で反発が続いている。

自分は、イスラム教国の反発は、むべなるかなという気もするが、
しかし、その反発の仕方が、ローマ法王の発言を証明するような
形になっていることが、イスラム諸国にとってマイナスだろうと思う。

イスラムの教え自体は、先生から教えていただいているように、
天上界、八次元におられるムハンマド(マホメット)を通して、
降ろされた教えであり、決して悪魔の教えではない。

しかし、イスラム教の中にある、非寛容の精神、
「イスラム以外は認めない」とか、
ジハードを肯定していく部分に関しては、
やはり、イスラム側の問題に思える。

もちろん、マホメットが教えを説いて、
大分時間が経っている。
キリスト教も仏教も同じ理由で、時代適合性がなくなってきていることを考えれば、
イスラムの教えが古くなるのはおかしなことではないので、
当然、イスラム教も現代的な思想を取り入れるべきだろう。

今回、修道女を殺害したとかいう発想自体が、
仏教国の日本にはない。
大仏を破壊したりする、そういう発想を正当化しているのは、
イスラム側の問題である。

今回、ローマ法王は謝罪した。
それ自体が、キリスト教の寛容の精神を、表しているといえる。
それに対して、イスラム教側は、どう答えるのか。
それが「報復」という形になるのなら、
やはり、イスラム教側に問題があるといわざるをえないだろう。

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タグ : イスラム教 ドイツ ローマ法王

DATE: CATEGORY:ニュース
今週、世界中を駆け巡ったニュースといえば、
この「新宮さまご誕生」であろう。

天皇家の継続問題にとりあえず、ひとつの答えが生まれた。
秋篠宮さまと紀子さまバンザイである。

もちろん、本当は皇太子ご夫妻に皇子がお生まれになるのが
一番良いが、とりあえず、変な議論は片付いただろう。

私は、やっぱり天皇家を政治がいろいろとするのは
問題があると思う。
皇室典範は、確かに日本国の法律ではあるが、
これを国会でどうこうするのはおかしい。
国会は、どうしても妥協の産物になるからである。
これは、教育基本法と同じで、
日本国の理念を決めることなので、
「妥協の産物」ではいけないのだ。
「かくあるべし」でなくては。

だから、そういう意味では、中途半端に皇室典範や教育基本法を
改正して欲しくない。
理念がはっきりしないなかで、それをやっても意味が無い。

本当に、天上界のやることは面白いなって思った。
完全に、議論をとめてしまったからね。新宮さま。
どんな方なんだろうか。楽しみである。

個人的には、ここ数年ぐらいに皇太子ご夫妻に皇子が生まれて
今回生まれられた新宮さまが、兄貴分として、
導いていかれるのがいいのだが、
それは、天上界のみぞ知るだ。
しかし、このニュースもっと、喜んでいいと思うのだが。
まあ、歴史問題とかやっぱり思うのかな。

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タグ : 新宮様誕生

DATE: CATEGORY:ニュース
本当は、同じアーティクルで囲うかと思ったのだが、
ちょっと気色が変わってしまうので、別にした。

福岡での飲酒事件の続報が届いている。
聞いていて唖然とすることが多い。

「友達に身代わりを頼んだ」だとか
「ごまかすために、水を持ってこさせた」とか。

あまりに幼稚。
なんか、中学生の答えみたい。
いや、しっかりしているやつは、
もっとしっかりしているぞ。

車が、欄干から落ちたのは見えたんだろう。当然。
「助けなきゃ」って思わないんだろうか。
おかしいよ。そういうこと自体が。
いくや酔っているとはいえ、その発想自体がおかしい。

22歳とは思えない幼稚さ。
それがまず唖然とする。

しかも、一回タクシーで帰ってから、
また、車ででているとかいうのが、分からない。
何をわざわざしているんだろう。

福岡県は、昔から、結構、酒にはおおらかで、
飲酒運転は男の甲斐性みたいなところも正直あったと思う。
九州男児ならそんなことは、考えるな!見たいな。
でも、山笠とかに出ている「本当の九州男児」は、
ちゃんとタクシーでかえるそうである。

本当の男らしさとは何か。
それを、しっかりと考えるべきである。

これだけ、いろいろと放送されていて、
それでも、まだ、こりないのは、
「自分は関係ない」と思っているからなんだろうな。
そういう幼稚な大人になりきれてない大人が
大量に発生しているのかもしれない。
「責任」ということを考えない人たちが。

彼は、「危険運転致死罪」で、起訴されるだろう。
しかし、やっぱり思う。
「殺人罪」を、飲酒致死には適用すべきである。

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タグ : 福岡での飲酒事件

DATE: CATEGORY:ニュース
ちょっと不謹慎な書き方になるかもしれない。
しかし、正直に思ったことを書きたいと思う。

先日、山口高専での事件の容疑者が自殺しているのが
発見された。
携帯の電気が途絶えた時点で
自分は「おそらく死んでいるのではないか」と思ったが、
捜査が逃走として進んでいたので、
それはそれでしょうがないかなと思いながらみていた。

そして、案の定、遺体が見つかった。
彼は、その日には、自殺をしていたことが調べで分かっている。

それを、聞いて、こんなことをいって不謹慎だが、
どこかほっとしたのだ。
怒られるかもしれない。
しかし、「彼は、良心の呵責を感じてくれたのだ」と思った。

昨今の凶悪犯罪で、ほとんどの容疑者が、
「自分がやってない」だの、反省の色をまったくみせず、
容疑者に悪口を裁判中に言われていたたまれず、
自殺した母親のニュースなどを聞くにつけて、
もうしわけないが、
「ああ、この子は、罪は犯したかも知れないが、
その罪の重さをちゃんと感じてくれていたのだな」と思った


もちろん、殺人事件であり、そして、容疑者死亡で、
すべてが闇の中に葬られたという点では、
彼の死は、許されることではなかろう。
でも、それでも、という気持ちにさせられてしまったのは、
昨今の事件が、人間を人間とも思わないような
本当に凶悪な事件が多く、
しかも「死ぬ」ということの思いをまったく感じていない犯人が多い中、
彼がとった道が、
人間としてのひとつの罪の償い方であったからかもしれない。

しかし、やっぱり、これは間違っている。
彼は、だからこそ死んではいけなかったのだ。
だからこそ、生きて罪を償い、その後の人生を、
償いと再生のために生きなければならなかった。
その罪を背負ってでも。

被害者・加害者の両方の両親が、おそらく彼の生還を望んでいただろう。
そういう意味では、やはり彼のとった行動を自分は許せない。
生きて欲しかった。
生きて、生きることで、罪を償って欲しかった。
もちろん、ここで私がいっても、詮無いことで、遅いことではある。
それでも、しかしと思ってしまうのは、自分の感傷なのだろうか。

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タグ : 山口 高専 容疑者 凶悪犯罪


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