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今日の仏法真理 ~幸福の科学 大川隆法 総裁の御著書より~



■ 『真の平和に向けて』 まえがき
Date: 2015-04-27 (Mon)

昭和天皇は、ご生前、戦後の沖縄の人に
会えないでおられたことを
残念に思っておられた。
御魂として、沖縄の地でその旨を私に伝えて来られた。
昭和天皇の御心を受けて、本説法はなされた。

首相官邸は、決して迷走してはならない。
日本の戦後は終わった。
新しい日本を創造しなくてはならない。
私は、輝ける国・日本を創り、
沖縄を二度と植民地にはさせないつもりである。
救世主の声を信じるがよい。




             過去の仏法真理
http://homepage1.nifty.com/ikumo/butugon/butugon.html

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DATE: CATEGORY:教育
先日、以前一緒に働いていて、学校の先生に転職した友人と食事をする機会があり、
いろいろと話した。
彼が行っている学校は、私立の中高一貫校なのだが、偏差値的には、ほとんどないに等しい
ところである。

そこで、いろいろとやてちるらしいが、カルチャーショックがすごいらしい。

まあ、塾は成績を上げることがその目的なので、プリントを渡したり、
いろいろとやって勉強させるのだが、それを学校でやろうとすると
まず、仲間の教師から反対が出るらしい。
「そんな面倒くさいことしたくない」といわれたらしい。

彼からすると、ぜんぜん「面倒くさくない」のだが、
「ほかの先生たちの仕事のしなさ加減に驚かされる」と言っていた。
塾での仕事に比べたら、ぜんぜん楽だそうだ。

そりゃそうだろうなって思う。
塾の教師は、授業はもちろんのこと、担任業務・プリントテスト作成・そして生徒獲得のための営業・教室運営まで、やっている。
いまどきの先生は、パソコンを使えない人もいるらしいが、あきれるばかりである。
今の社会で、パソコン使えないということは、「仕事ができない」ということを
意味しているのだが、時間gな大分止まっているみたいである。

で、その学校時代が方向性が難しいらしい。
中高一貫校ではあるが、進学校ではない。
カリキュラムも普通の学校とかわらない。
だから、「中高一貫なのに、普通の学校とかわらない」というクレームがあったり、
逆に勉強させようとすると、「もっとゆったりしていると思ったのに、そんなに勉強させないで」とかいうクレームがくるようだ。
どうせいちゅーねん!という感じらしい(笑)

まあ、結構、中高一貫校の私立でも、生徒数の減少もあって、
保護者の視点が厳しくなっているし、レベルの近い学校との差別化もして
学校の付加価値をつけないと生徒が集まらないようになっている。
ここ数年で、中高一貫校も、生き残れるところと残れないところがでてくるだろう。

ちなみに、彼いわく「もうひとり、塾から先生が来て欲しい」といっていた。
学校の教師の考え方のレベルが低くって、学校を変えれないらしい。
「もうひとりきてくれたら、なんとかかわるのに」という風にいっていた。
さてさて、これから生き残るのは学校か、塾か。
塾を学校として認めるべきであるという論議もある。

教師の免状を、大学院を出た人にしか与えないようにしたほうがいいという議論がある。
しかし、これは、発想が逆だと思う。
大学院にいったメンバーなんて、専門バカで、融通が利かないことは有名である。
そういうメンバーを学校にふやしても、頭の固い教師が増えるだけだ。
むしろ、塾講師に免許を与えて、学校で授業を可能にするべきだ。
もしくは、社会人で経験を持っている人がもっと教師になれるようにするべきである。
もちろん、専門の免許を与えることはできないかもしれないので、
「特別免許」かなにかで、もっと、社会の風を入れるべきである。

はっきりいって、学級崩壊や、学校がうまくいってないのは、
「学校や教師が落ちこぼれている」のである。
それを、はっきり認識すべきだと思う。

多様化した社会の巣立つ子供たちを育てるには、
多様な個性の教師が必要である。
教育改革をしている人たち自体が、超エリートなので、
わからないのだろう、そういうあたりまえのことが。

投稿者 伊雲 日時 2006年6月26日 (月) 01時46分 教育
DATE: CATEGORY:映画
英語耳のテキストの中に、「HOLES」という英語の本が
面白くてペーパーバック初心者向けの勉強にはいいということが書いてあって
読もうと思ったのだが、その前にいったTSUTAYAで、
その映画化されたものをみつけたので、先にこっちをみた。

最初は、ただ穴を掘っているだけなのだが、
それが大きな展開を見て話が過去と現在が交錯していき、
最後に、カタルシスがある。
いわゆる「よくできている青春映画」である。

スタンドバイミーとか好きな人は好きなんじゃないかな。
主人公の二人、とくに、ゼロがいい味出している。
こんな友情を、育んでみたいと思わせてくれるそんな映画だった。

なんども、見ても飽きないだろうな。
そういう風に思う。
いわゆる、「少年もの」としては、よくできた話である。
「こういう話を読めるアメリカ人は幸福だ」と英語耳には書いてあったが、
実際にそう思う。

これで、だいたいのあらすじがわかったので、英語のペーパーバックの方も
読んでみようと思う。

英語の小説を、辞書なしで読破したいという思いを実現できそうでうれしい。
(もちろん、O・ヘンリーとかの短編は読んだことあるが)

投稿者 伊雲 日時 2006年6月26日 (月) 01時56分
DATE: CATEGORY:雑記
九州の大雨

梅雨前線の北上で、大雨になっている。
鳥栖では、親子が電柱にぶつかってなくなったらしい。
今も、雷が鳴っている。

今日は、予定では、湯布院にいくつもりだったけど、中止した。
さすがに、この雨では運転は危険だと思ったからだが、やっぱり中止してよかった。
高速も速度規制をしていたらしいし。

今年は、梅雨入りしても、なかなか雨が降らなかったが、
この二三日大雨になっている。
この雨の降り方は、梅雨の明ける前の振り方なのだが、
ちょと梅雨明けには早いので、この雨が結構続くのだろうな。
沖縄では、マンションが倒壊しそうになったみたいだし、
やっぱり洪水が起きないと、梅雨は明けないみたいだ。

梅雨の期間は、生徒の送り迎えの車が増えて大変である。
しかし、梅雨明けすると本番の夏が来る。
それも、結構憂鬱だったりするし・・・
なかなか難しいところ。

まあ、家は、床上浸水は、地形的にしないので、安心はしているけど、
がけ崩れとか大変みたいだ。
博多駅とかが、水浸しにならないといいけど。

投稿者 伊雲 日時 2006年6月26日 (月) 02時04分
DATE: CATEGORY:ドラマ
レンタルが出ていたので、見ました。
過激さゆえに賛否両論あるようですが、
「現実は、ドラマとあんまり変わらない」というのが本当ではないでしょうか。

「なぜ、人を殺したらいけないかわからない。」
この問いに、このドラマなりに、真正面から答えを出したのではないかと思います。
この場面は、確かにすごかったけど、「なぜ人を殺してはいけないか」への答えに
なっていたと思います。

それにしても、宮内君役を演じた森田直幸君は、すごいです。
あれは、演技を超えてました。
金八7シリーズの八乙女君を思い出しましたが。
でも、最後に救いがあってよかった。

でも、現実には、あの最後のシーンは存在しない子供のほうが多い。
そのことを、刻んでおくべきでしょう。
「母原病」ということばもありますが、親が精神的にやんでいる場合、
子供はACとして、傷を負ったまま成長することがあるのは、
精神医学の世界では知られたことですが、結構エリートな親のほうが、
そういう部分があって、余裕がない場合も多い。

そして、虐待連鎖もあります。
あのドラマを見て、最後に救いがあったのが本当にうれしかったですね。
うちの生徒にもいました。
「100点取らないと、家に入れてくれない」という生徒。
こいつが、いやなやつでね。(^^)
ほかのやつの悪口ばっかりいうし、自慢ばかりするし。
でも、話をきたら、「100点を取らないと家にいれてくれない」
「それ以外は、価値がないっていわれる」とか聞いて唖然としたことがあります。

親が原因で子供がおかしいことも多いことを、本当にわかって欲しい。

「非行少年が多いなどといいますが、本来そのような非行少年などおりません。
できの悪い母親と、父親がいるだけのことです。そういうことなのです。
あるいは、できの悪い先生がいるだけのことです。それだけなのことです。」

                       「ユートピア価値革命」より

総裁の言葉を、改めてかみ締めたい。
自分も教師の一人として、自戒したい。

投稿者 伊雲 日時 2006年6月26日 (月) 03時19分
DATE: CATEGORY:医療
という記事をメルマガで見つけた。
転載不可だったので、記事そのものにリンクをはっておこう。

覚醒剤の神経損傷に画期的治療

ただ、最新号のみなので、すぐ違う内容になるだろうが。

最近の医学の情報を聞くと、勇気付けられる。
先日も、親知らずから、幹細胞をとって、臓器を再生させる方法を紹介したが、
今は、治療が困難と言われていることでも、その治療法が見つかるのではないかと
思わせてくれる。

今回は、覚せい剤で傷ついた神経細胞を再生させる抗生物質が見つかった、
との記事だった。

一度、使ってしまうと「三割は死に、三割は一生病院で、三割だけが生還する」と
いわれる覚せい剤。

北朝鮮が覚せい剤の大輸出国であることはよく知られている。
そして、おしらくその覚せい剤は、日本にも大量に入ってきている。

以前の、金八7シリーズの八乙女君の熱演で、覚せい剤の怖さが伝わったかもしれないが、
本当の怖さはテレビで伝えられるレベルではないということも知っておく必要がある。

アヘン戦争の例でもあるように、麻薬を敵国に売りつけて敵国を弱体化させるのは、
よくある話なので、注意が必要だろう。

北朝鮮のテポドンの件があったので、話がそっちにずれてしまったが、
医療の発展が、不治の病や、薬物依存などの治療に
画期的な変革をもたらしてくれることを切に願う。

投稿者 伊雲 日時 2006年6月20日 (火) 01時23分 医療
DATE: CATEGORY:教育

なんで、この記事が、教育のカテゴリーなのかというと、
この鉄扉に挟まったというタイトルを見たときに、思い出した事件があったからだ。

高校生の女の子が、遅刻寸前に、学校の校門に滑り込もうとして、
教諭が閉めていた扉に頭を挟まれて死亡する事件があった。

もう十年以上前の事件だと思うが、

校門圧死事件

塾には校門はないのだが、教室の扉を結構子供たちが、開け閉めして遊ぶことがある。
生徒同士で閉じ込めあったり、鬼ごっこをして逃げるために直前で扉をしめたり。

結構、日常ある風景ではあるのだが、私は、こういう状況を見つけると
烈火ごとく怒る。
やっぱり、怖いのである。生徒が挟まれるのが。

結構、指を挟んだりすることもあるし、私の友人も中学時代、鬼ごっこして、
ガラスに突っ込んだ。
右手首をざっくり切ったが、幸い動脈からずれていて、助かったが、
あと数センチずれていたら、あの世行きである。

このはさまれた生徒も、多分、こんな風になるとは思っていなかったのだろう。
電動の扉は、注意しないと意外な力で締め付けられて逃げられなくなる。

冥福を祈りたい。

投稿者 伊雲 日時 2006年6月20日 (火) 01時35分 教育
DATE: CATEGORY:教育
■学級崩壊:過去最多-埼玉(2006.6.9毎日新聞)
 埼玉県内823の公立小学校のうち、児童が教諭の指示に従わず授業が成立しない「学級崩壊」クラスが05年度、97校の計112学級あったことが8日、県教育局生徒指導室のまとめで分かった。99年度の調査開始以来、過去最多。04年度(110学級)から横ばいが続き、同室は「深刻な状況」と憂慮している。
2~3週間以上にわたり「学級担任が通常の手法で問題解決できない状況」が続いたケースを対象とした。基準日は今年3月31日。
 学年別では5、6年生が26学級ずつで最も多い。「一部の児童の私語や出歩きなどの問題行動が集団にまん延していく傾向がある」(同室)という。担任教諭の経験年数は1~5年が32人と最も多いが、31年以上が26人、26~30年以上も25人と多数を占めた。同室は「ベテラン教諭の旧来の厳格な指導が、児童に受け入れられないのでは」とみている。地域や学校規模に偏りはなく、県内全域で発生している実態も明らかになった。
 学級崩壊の発生後、70校が市町村教委に非常勤講師の配置を申請したほか、複数教諭での指導▽校長らによる見回り▽臨時保護者会――など、全学校が何らかの対策を取っていると回答した。だが、児童の構成が変わらず前年度から2年連続で学級崩壊が続いたクラスも全体の7%に達した。
同室は「早期の対応が重要」として、教職員向けの研修や指導主事の派遣など、対策を強化し減少に努めたいとしている。

■消える推薦入試公立高校(2006.5.29朝日新聞)
公立高校の入試から推薦制度をなくす都道府県が増えてきた。
学力検査を課して、より確かな「学力」を持った生徒を取る動きが目立つ。
 公立高校の入試で全国的に大きな変化が起きている。内申と面接で行う推薦入試と、内申と学力試験による一般入試の2本立てが一般的だったが、推薦を前期選抜、一般を後期選抜などとするところが増えてきた。もちろん、名前が変わるだけではない。新方式では、中学校長の推薦はいらない。誰でも、前期と後期の2回の受験機会が得られるかわりに、前期選抜でも学力検査が行われる傾向が強まっている。

                                        以上 教心ネットより

教心ネットに気になる記事が載っていたので、紹介。
学級崩壊の問題は、大きな問題であろうが、結構ベテランの先生が学級崩壊を
起こしている。
ベテランって、でももしかしたら、団塊の世代の人たちなのではないかと思う。
「ベテラン教諭の旧来の厳格な指導が、児童に受け入れられないのでは」という
ことだが、この世代の先生は量も多いので、そのせいもあるのかもしれない。

今の小6は、実は、2002年改正をもろに影響を受けている世代である。
うちの塾でも、最近の低学年はそれほど学力低下やうるさかったりしない。
2002年問題が、一般的になり親が生徒を躾し始めたのだろう。

一番つらいのは、小4~小6である。
小さいころにきちんと躾をしていない生徒が小6になると教師のいうことをきかないのは
当たり前であろう。
教師の側も、きちんと「指導として怒れているのか」を反省すべきである。

先日、ある小学校の前をとったとき、年配の女性の先生が、生徒を怒っていたのだが、
そえれは完全に、「ヒステリー」に等しいもので、「指導」は、程遠かった。
完全に、感情を生徒にぶつけていて、みていたつらかった。
もちろん、いろいろとあるのだろうが、教師の質の低下とは、意外とそういうところにあるのではないかと思う。
外部から遮断された中で、長年いると、「どう生徒と接するべきか」ということが、
麻痺してくるのではないかと思う。

いまどきの生徒たちは、生まれたときから王子様、王女様だ。
その躾をするのは、実は、教師自身の自己変革が必要である。
生徒が学校を不必要とする日が来ないように祈るばかりである。

それからいよいよ推薦試験にも学力重視の流れが出てきた。
いいことだと思う。
学力できちんと判断することが受験の基本だと思う。
一芸入試とか正直意味ないしね。

投稿者 伊雲 日時 2006年6月20日 (火) 02時05分 教育
DATE: CATEGORY:教育

今日、小学校のとき教えていた生徒で、私立中に合格させ、
現在は、とある中高一貫の私立に行っている生徒のお母さんから
「息子が、最近成績が落ちている」との相談を受けた。
で、「どうか話をしてほしい」といわれたので、一応話をした。

いろいろ話すうちに、改めて、中高一貫校という学校について見えてくるところがあった。
それは、「中高一貫校へ行った生徒のその後のフォローの問題」である。

中高一貫校は、私立中なので、当然学校によってカリキュラムが違う。
よって、塾でやっているようなカリキュラムで、授業をしても、進度に差がありすぎる。
なので、いきおい、個別指導などのスタイルで対応することになるのだが、
中学入試まで、みんなで、受験に目指して、教師生徒一体となってがんばっているのに、
中学に入ってしまうと、その学校個別に対応している形がなかなかとれないし、
小学校の時のように、「クラスの授業」ではないので、「孤独」を感じる生徒もいるようである。

私立中なので、当然ながら、その私立中が生徒の面倒を見るのが本筋だと思うが
(金も高いのだから)
学校によっては、そこまで手を変えてくれない学校もある。
そうすると、小学校までは、塾で、みんなでがんばっていたのが、
中学に入った瞬間に、一人で放り出されることになる。

どうも、いろいろと話していると、これが原因になっているようである。
いわゆる「孤独感」である。中学校に入ってから、一人になったように思うのだろう。

とはいうものの、進度がばらばらの現状では、学校別のクラスは、
よっぽど、その学校の近くに塾があって、その学校にピンポイントで対応でき、
しかもそれなりの人数が集まると、確約できる場合にしか、開設は難しい。
それが中高一貫校の生徒の成績が、中2ぐらいになると下がってくる原因のひとつに思える。
今日、話した生徒も、「昔のように授業を受けてみたい。昔の先生たちから」ということを
言っていた。
それは、現実的には難しいことではあるが、
あるいみ、中学入試が人生の中で、一番燃えることができた熱中した時代になってしまい、
その後の人生が、なかなか歩めないでいるのかもしれない。

そういう意味では、中学生にはまだまだ、甘える相手が必要なのだろう。
なんか、切ない気持ちになった。

確かに、合格させて、卒業させれば、私たちの仕事としては終わりだ。
ほとんどの生徒たちは、学校があがれば、塾には来なくなるのが、当然の流れだ。

しかし、彼らの人生は、そこで終わりではない。
自己確立ができるまで、つきあってあげられないことが、とても悲しく感じられたできごとだった。

投稿者 伊雲 日時 2006年6月12日 (月) 02時25分 教
DATE: CATEGORY:音楽
槇原敬之のカバーアルバム「listen to music 2」の中で、最初に槇原が
歌うことを決めたのは、「ヨイトマケの歌」だったようだ。
この歌を、きちんと聴いたのは、実はこのアルバムが最初。
この歌は、「放送禁止歌」に入っていて長らくタブーだった歌である。
でも、実際に聞くとぜんぜん、「放送禁止」にするべき歌にはきこえない。
むしろ「子供が親を思う歌」で、感動している人も多いみたいである。

で、この歌とダウンタウンと一緒に歌った「チキンライス」が同じにおいがする。
いわゆる、「貧乏」がテーマであるところである。

私も、この両方の歌が「わかる」。感覚として。
そして、多分、わかるぎりぎりな世代だと思う。
1980年代から90年にかけて、日本は大きく変貌した。
私が子供ころは、まだ「貧乏」だった。少なくとも我が家は。
卵を安く買うために、何度もスーパーに並んだりしたもんだ。

私は、個人的には、ダウンタウンは好きではないのだが、
槇原が歌った「チキンライス」は、輝いていた。
「あのころへのオマージュ」として。
そして「今でも、チキンライスでいいや」といってしまう気持ちもわかる。
「今の子供に嫌がられるかな」という気持ちも。

今の子供たちは、やっぱり恵まれている。
でも、恵まれていないということが、恵まれている場合もあるような気がする。

この二つの歌は、恵まれなかったことが
実は恵まれていたということを、
如実に表してくれた歌のような気がする。

「若いときの苦労は買ってでもせよ」といわれるが、
「買わなくても苦労できた時代」が、
実は本当の意味で「豊かな時代」だったのかもしれない。


投稿者 伊雲 日時 2006年6月 6日 (火) 02時16分 音
DATE: CATEGORY:雑記
中高年仕様の携帯音楽プレーヤー 簡単操作で薄型

とかいう記事がでていた。
で、いつもこういうときに思うのは、
「中高年仕様」なのに、「日本語」での説明がないのか、ということである。
「ボタンを減たして使いやすく」とかいっているが、
「きく」とか「つぎ」とか「まえ」とかボタンに書いたらもっと使いやすい気がするが。

以前、CDプレイヤーを買ったときに、見事に日本語で書いてあるものがあった。
これが、結構、私の周りの先生たちに好評で、なんせ、いろんな年代の人がいるので、
「ここを押せばいいのね」とかわkりやすかったからだ。

どうせ、若い世代は、操作方法なんか簡単にわかるんだし、
どうせなら、日本語でいろいろと書いてくれたらいいと思う。

携帯とか簡単操作のもんがでている。
これも似たものかもしれない。
ようは、かかればいいのだ。年寄りには。
だから、「電話機みたいな携帯」があればいい。

そう考えると、団塊の世代が一斉退職することだし、
結構そういう方面でのニーズは高いかもしれない。
新製品を最初から、簡単操作仕様にしておく。
まあ、今まではどちらかというとデザイン性で、
かっこいいのが、流れだったけど、新しく使いやすいとかいう流れがあっても
いいと思う。

パソコンも使いにくいよね。初めて使うと。
お年寄り仕様のパソコンとか出たらいいのにね。
ペンライトで書き込むとか、銀行のATMのように、タッチパネルになってるとか。
タッチパネルは、かなりコストが高そうだけど。

まあ、「使いやすい」は、結構ニーズがあると思う。

投稿者 伊雲 日時 2006年6月 6日 (火) 03時05分 雑
DATE: CATEGORY:音楽
LIVE ALBUM cELEBRATION 2005~Heart Beat~

槇原敬之のアルバムをについては既出だか、
そのCDについていたおまけ映像を見ているうちに、DVDもほしくなった。
で、アマゾンで、探してみたら、結構安い。もっとするかと思っていたら、5000円しなかった。
だから、そのまま、申し込み。(^^)

で、今日一日、そのDVDを見ていた。
やっぱり画像が入るといい。
「花火の夜」とかの音ではわからなかった部分がはっきりわかるし。
あと、このCDを聞いて好きになった、「ANSWER」への槇原の気持ちもわかって、
よかった。
このDVDの評価がアマゾンでは結構厳しいみたいだけど、
自分は好きだな。マッキーが本当に「熱唱」という感じで歌っているし、

マッキーが「世界~」を歌うのも賛否両論あったけど、いいんじゃない。
やっぱり、いい歌だけと思う。確かに、歌詞にいろいろと考え方があって、
難しい歌だと思うけど、素直にこの歌を聞くときは、聞けばいいのでは。
実際には、オンリーワンとして評価してもらうためには、ナンバーワンになるだけの
才能と努力が必要だと思う。そのことは、槇原が一番わかっていると思うし。
だから、「その花を咲かせるために一生懸命に」ならないといけないわけで。
花は咲かさないといけないわけで。
その部分は大事だし。

で、個人的には、アンコールは「どんなときも」で終わってほしかったな。
「天国と地獄へのエレベーター」はマッキーにとっては、大事な曲なんだろけど、
最後にするのは、「どんなときも」の方がいい気がする。
まあ、自分があんまり好きではないというだけなんだけど。
DATE: CATEGORY:雑記

水死女児の母を逮捕 死体遺棄容疑 秋田小1殺害事件

ニュースを聞いてあぜん。こういう結末になるとは思わなかった。
というか、実際には、完全に畠山容疑者をマークしてたんだね。警察は。

しかし、なんでまたこんなことを。

自分の娘のことを調べさせるために、似たような事件を起こしたのか。
それとも、自分の娘も、自分の手にかけたのか。

ニュースでは、いろいろ昔のことを書いているけど、どうなんだろう。
しかし、もし、自分の娘のことを調べさせるために、近くの同級生を
殺したというならば、ちょっと度が過ぎている。

自分の子供ためなら、他人の子供はおかまいなしなのかもしれないが・・・。

最近、自分勝手な事件が多すぎる。
おや殺したり、子供殺したり。
いい加減にしろっていいたくなるのは自分だけなのだろうか。
そんなに簡単に人を殺すなよって。
不思議でならない。

自分の選択肢には、どんな環境にあっても「人を殺す」とかいう選択肢が
思いつかない。
そりゃ、もしかしたらはずみで、とか、そういうことはあるおかもしれない、将来。
なにがおこるかわからないし。
でも、「自分の意思で」ということがどうしても思いつかない。
それも、「うざいから」とか、「自分の娘のため」とか、ふざけてる。
これが、ふざけてると思えない人が多いのだろうか。
ふざけてることはふざけてるといわねばならない。
「誰がなんと言おうと、人を殺すことは悪いことだ」ということは。

投稿者 伊雲 日時 2006年6月 5日 (月) 03時01分
DATE: CATEGORY:教育
教育に携わるものとして、関心を持って臨んでいるのがこの案件。

与党案では、「国と郷土を愛する態度」、対する民主答案では「日本を愛する心を涵養」と、この部分が取り出されえている。

しかし、私の立場から言えば、「宗教的知性」を教育の基本におくことが大事だ。
そもそも教育基本法の改正の根本は、オウム教事件や、道徳心の欠如した
人間を、育ててしまった反省から、「宗教的素養」を身につけさせることを、
目的として始まったはずなのに、某政党のせいでそっちは骨抜きになっている。

まあ、そんなことをされたら、自分たちの教義がどれだけ世界の非常識かわかるから
そんなことをさせたくはないのが本音なのだろうが。

しかし、「宗教」は世界の中心の概念であり、宗教を持たない人は、
外国では人間として認められない。
そして、9・11などの事件も宗教同士の無理解が、その原点になっている。
お互いに、他の宗教の教義を知ることは大事だろう。
もちろん、それを統括する概念が必要ではるが、
その前に、せめて、仏教・キリスト教・イスラム教の三大宗教の教義くらい、
学校で教えておかなければ、世界ではまったく通用しない。

そもそも西洋諸国にいって、キリスト教の素養がなかったら野蛮人だと認定されるだろう。
そして、逆に、日本の宗教、いわゆる仏教や神道について、知っていなければ、
同じように認定されるだろう。

日本では、仏教は、現代の生活の中にちゃんとつながっている。
決して昔の話ではない。
そういうことを含めて、「宗教的な知識」をきちんと学校で教えることは
大事だと思う。

孔子や孟子の思想、ソクラテスの思想なども含めた、世界の思想を
きちんと生徒たちに伝えるべきである。
それが、今必要なことだと思う。

そういう意味では、今回の「妥協」の産物の教育基本法の改正が
とりあえず、継続審議になったのは、よかった。
あんな、法案で通っていたら、たまったもんじゃなかったし。

投稿者 伊雲 日時 2006年6月 5日 (月) 03時38分 経済・政治・国際

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