台風で、仕事も休みになったので、
時間つぶしにと、DVDをイkつか借りてきた。
その中で、面白かったのがいくつかあった。
一つ目がこの「
亡国のイージス」
大ヒットしているのは、知っていたが、
不思議と借りていなかった。
多分、最初に出たころに、新作で、ぜんぜんなくて、
そのまま借りた気になっていたのかもしれない。
で、見てみて、特に現在のご時世で、今日のニュースで、
北朝鮮が、地下核実験の準備をしているというニュースもあり、
ちょっとシンクロしたせいか、いろいろと感じながら見た。
最近平和の問題が、クローズアップされている。
「平和は戦争の間のすきまにすぎない」という言葉があったが
それも真理だ。
しかし、そのすきまに60年もいることができた日本は、
幸せだし、ある意味政治の成功している部分でもあるのだと
思う。
私は、平和憲法自体は好きなほうだが、
法の欠落がある。
「9条」には、自衛隊の記述が無い。
(当時ないから、当たり前なのだが)
もちろん、戦後は、アメリカが、日本を弱体化させるために、
わざと軍隊記述を削除したのだが、
戦後60年の歴史の流れを見ると、
日本人も「戦争」ということを、考えなければならなくなっていると思う。
「戦争」は「侵略しない」からおこらないものではない。
「侵略されること」だってありうることは、歴史を見れば明らかだ。
現に、
北朝鮮の地下核実験が、ニュースになっている。
北朝鮮が、日本に攻撃を仕掛けようとしたときが来たとき、
(こないほうがいいが、)
日本はどうするのか。
「日本には平和憲法があるから、自衛しません」というのか。
きがついたら、ミサイルがおちてました、
ということになってしまったりしそうなきもする。
映画の中でも、潜水艦が何もせずに、沈められるが、
あれが「戦争」であるのだろう。
「平和ボケ」を続けている日本人が、戦争に巻き込まれない保障はない。
広瀬隆の『
クラウゼビッツの暗号文』の資料によると、
第二次世界大戦後、戦争が世界でなかった年はないし、
戦争にかかわっていない国も、ほちょんどないそうだ。
要するに、「戦後の平和」を享受していたのは、
日本とかいくつかの国だけで、
そのほかの国々は、そもそも「戦後」ではなく、
今も、「戦時中」であるということである。
そういう世界の中にあって、
特に不安定な東アジアの国々の中にあって、
「平和憲法があるので、戦争しませんといっていれば、
戦争はないんです」という絶対平和主義は通用しないだろう。
どういう形になっていくか。
智慧をしぼり、考えていかなければいけない時代が来たのだと思う。
見ていて面白かったのは、
高性能の戦艦は、諸刃の剣で、
特に今回のようにイージス間が乗っ取られると、
なす手が無くなる。
近代兵器の発展が、実は諸刃の剣であることが改めて分かる。
そして、そのとき、人力(^^)が、
ものをいうと。
モールス信号とか手旗信号とかアナログな方法で
連絡をとるという手法が、インターネット全盛の時代、
逆に、意外な盲点になることを感じた。
デジタルの時代だからこそ、アナログが強いときもある。
モールス信号とか、もう
アマチュア無線の世界ぐらいでしか、
実際には使われていないらしいが、
(まあ、デジタル無線の時代には、とんつーはしないよな)
ときには、アナログも面白い。
イージス艦との対比が面白かった。
また、世代間の交流の問題、親子の問題も、
だぶらせてあって、真田広行が、
勝地涼の擬似父親になって
いたのが、面白かった。
結構、癒されていたのかなって思った。
なんか、「
永遠の仔」で、虐待を受けた子供の役をしていた
勝地涼が、こういう青年役をやっていて、
「ああ、あの子が青年になったらこうなるんだろうか」とか、
勝手に思ってしまった。
(実際は、役が違うんだが。だぶってしまった)
しかし、
勝地涼は、最近、眉毛がV字の役が多い。
「この胸いっぱいの愛を」でも、そんな感じだったし。
その眉毛が、またかっこいいんだが。
イージスの最後に出てきた絵を描いているところを見てみたい。
ちょっと、傷ついた青年の役とかやらせると天下一品なのだが、
普通の青年役もうまい(末っ子長男姉三人とか)ので
「
永遠の仔」に一緒に出ていた浅利洋介と一緒に
「普通の青年」のドラマもやって欲しいな。
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