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今日の仏法真理 ~幸福の科学 大川隆法 総裁の御著書より~



■ 『真の平和に向けて』 まえがき
Date: 2015-04-27 (Mon)

昭和天皇は、ご生前、戦後の沖縄の人に
会えないでおられたことを
残念に思っておられた。
御魂として、沖縄の地でその旨を私に伝えて来られた。
昭和天皇の御心を受けて、本説法はなされた。

首相官邸は、決して迷走してはならない。
日本の戦後は終わった。
新しい日本を創造しなくてはならない。
私は、輝ける国・日本を創り、
沖縄を二度と植民地にはさせないつもりである。
救世主の声を信じるがよい。




             過去の仏法真理
http://homepage1.nifty.com/ikumo/butugon/butugon.html

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DATE: CATEGORY:ドラマ
いろいろと思うことがある。
自分が、仕事をはじめたころ、
ERは、3シーズンがテレビであっていて
自分の仕事での挫折と、カーターの仕事の問題とかリンクしたりして、
結構、シンクロしていた。

ERで、カーター役をやっている、ノア・ワイリーにとって、
カータはは、ノア自身の分身に近いんではないかと思う。

以前、金八で、国井先生役をやっている茅島さんが、
渥美清に「何年も同じ役をやれるなんて、役者冥利に尽きる」と言われて、ふっきれたということを言っていたが、
彼も似たところがあるかもしれない。

ERは、どのシリーズを見ても、面白いのだが、
4シリーズと11シリーズを見ると、
べつのドラマと思うくらい、違う。
しかし、「ER」であることは同じだ。
これが、長く続けることの意味なのかもしれない。

自分のいる教場も、大分変わった。
私は、もう四年目なのだが、
そのなかで、自分が今の教場に初めていった時の先生たちは、
もうほとんどいない。

変わらないようで変わり続ける。
それが、諸行無常の理の中にあるこの世の宿命とはいえ、
寂しい思いもする。
生徒も先生たちも移り変わっていく中で、
自分自身が、どう変わっていけたのか。
同じことを繰り返しているように見えて、
その中に、成長があったのか。
それを、今、ERカーターを見ながら、
考えるところである。

シーズン4のグリーンのセリフに、
「毎日毎日、人を救ったり、救えなかったり、
それを繰り返して、気がつけば十年経っているものさ」という
ものがある。

ERも、そうやって、時を重ねてきた。
カーターもノアも、そうなのだろう。

自分も、そうやって、成長できていればいいと思う。

カーターこそ、ノア・ワイリー
シーズン11で、降板するらしい。
これで、1シーズンから連続で、でているメンバーは、
誰もいなくなったわけだが、
残ったメンバーが盛り上げてくれるだろう。
まあ、そろそろERも、終わるのかもしれないが、
ノアにお疲れ様といいたい。
続けることは、難しい。
その中で、10年続けてきたことは、すごいことだと思う。

               伊雲

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タグ : ER カーター ノア・ワイリー 国井先生 渥美清 金八 茅島 諸行無常

DATE: CATEGORY:雑記
結構、寝る前に飲んでいる。
そもそも、紅茶は好きで、よく飲むのだが、
しょうがをいれるという発想は無かった。
たまたま、本屋で見た雑誌に、
しょうがを入れると、体をあっためる効果がある」という
ことが載っていたので、やってみたら、結構これが美味しい。

もともとジンジャーエールとかも好きなので、
これ幸いと飲んでみている。

ただ、これだけだとしょうがの味が濃すぎるので、
0カロリーの甘味料ラカントS(羅漢果)を入れて、
甘さを調節している。
これだと、寝る前に飲んで、カロリーを考えなくてもいい。

これを飲むと体があったまるので、
寝る前に飲むとぽっかぽかして、冷えない。
もともと、冷え性ではないが、それでも、冬は寒い。
だから、しょうが紅茶をのんで、寝ている。
紅茶にいれる、しょうがも、チューブにはいっている
やつでも大丈夫で、これが手軽でいい。

どうぞ、お試しあれ。
ただし、入れすぎると、しょうがの味がしすぎてつらい。

                     伊雲

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タグ : しょうが 紅茶 ラカントS チューブ 甘味料 ジンジャーエール

DATE: CATEGORY:教育
最近、いくつかのブログやメルマガで似たような思想に出会う。

気になったのでその一番分かりやすい例としてこれをあげよう。

*************************************************************
親野智可等は、教育基本法の「改正?」に反対です。

教育基本法に「国を愛する態度を養う」などの「徳目」を盛り込む
べきではありません。

このような徳目を法律で決めるのは大変危ないことです。

それに合わない人は、かつてのように「非国民」と言われるように
なってしまいます。

国家の方針に反対する人は、かつてのように「非国民」と言われる
ようになるのです。

そして、だんだん自由にものを言うことができなくなってしまうの
です。

国家というものは、いつも、少しずつ少しずつ、1ミリずつ1ミリ
ずつ、目的に向かって進んでいくものです。

みんなが気づいたときには、もう何も言えない状態になっていたと
いうことになるのです。

教育基本法を変えるのは、国家に都合のよい人間を育てるためです。
子どもは、国家のためにあるのではありません。

もし教育基本法を変えてしまったら、そして、憲法を変えてしまっ
たら、その後に控えているのが徴兵制です。

そんなことにならないようにしなくてはなりません。
私は、自分の教え子たちに戦場に行ってほしくありません。


「親力で決まる子供の将来 」・・No742
         発行者・・・親野智可等  より引用
***********************************************************
自分は、親野さんの、著書を読んで感じるところが少なからず
あるものである。

だから、メルマガも登録している。
だから、親野先生への誹謗中傷ではないことをあらかじめ断っておく。

この考え方は、結構、教師の口から聞くことが多い。
ある意味、最大の「戦後レジューム」なのかもしれない。

もちろん先の大戦の悲しみを知っている。
長崎にも広島にもいったし、わが両親も戦時中生まれである。

だから、戦争を避けたいと思う心も強い。

しかし、この考えそのものを、もう一度議論せねばならない。

今、問題になっている教育問題は、
ある意味、この考え方から始まっているといってもいい。
いうなれば、「戦後教育が今の教育を作った」のである。

戦争の悲劇により、
日本人は「日本が悪かったから、戦争が起こったんだ」と
思いこまされた。
そして、「日本は、もう悪いことはしません」という教育を
授けることが正義だと思われてきた。
そして、その流れが、国を否定し、
「地球民」とかいうフレーズを作り、
そして「人間の命は、地球よりも重い」とかいう
現実ありえないフレーズを、テーゼとしてしまった。

今の子供たちの問題の原因は、
「公のことを考えることができなくなった」ことによるものである。
「自分のことだけを考えていい」ということを教えすぎたのである。
「国のことを考えるのは、いけないこと」と教えすぎたのである。

戦後の出発点として、前述の言葉は分からなくもない。
しかし、戦後60年、日本の立場はまったく変わっているのである。

先生たちは言う。
(親野さんの言葉だが、不思議と先生たち共通して言う)
「もし教育基本法を変えてしまったら、そして、憲法を変えてしまっ
たら、その後に控えているのが徴兵制です。
そんなことにならないようにしなくてはなりません。
私は、自分の教え子たちに戦場に行ってほしくありません。」

そんなことは誰も望んでない。
誰も戦争なんていきたくないし、行かせたくない。
(一部の戦争好きは別として)
だけど、国を守らないと国が滅びるから国を守る。
だから、どの国にも軍隊があり、そして「尊敬されて」いるのだろう。
自分の命より、国を取ったから。
「私」より「公」を取ったから。

戦中の日本は、異常だった。
行き過ぎて、完全にハンドルを切りすぎていた。
そして今、また逆のハンドルを切りすぎている。
だから、教育がおかしくなる。

この言葉を聴くたびに、おもう。
「じゃあ、他国から、北朝鮮から攻められたらどうするのか?」と。
前述の言葉は、日本性悪説に則っている。
しかし、現在の状況では、前提が崩れているのである。
今の日本は、むしろ「攻められる対象」の国になっている。
豊かで、でも、武装もしていない。
アメリカが守ってくれているから、誰も攻めないだけ。
そのことを忘れてはいけない。

国際社会は、今も弱肉強食の社会の中にある。
戦争は、今現在も起こり続けており、
それは、クラウゼビッツがいうように「政治の延長」である
ケンカをなくすことができないように、
世界から、戦争をなくすことは難しいのである。
平和が当たり前なのではなく、「戦争があたりまえ」なのである。
だからこそ、戦争に巻き込まれないようにするためには
高度な智慧と、戦争を退ける力が必要なのである。
それが、今の日本では、日米の同盟なのであろう。
「憲法9条が日本を守る」なんてことを言っている人もいるが、
それは無いだろう。
そんなことで、戦争をしない国なら、最初から他国に攻め入ったりしない。
(もちろん、9条が、世界の尊敬の原因のひとつにはなるだろうが)

こういうことを書くと、
「戦争の体験が薄れた」とか「もっと伝えないと」と
いう人もいるだろうが、違う。

その考え方自体が「中道」から離れているのである。
「核武装論議」も、同じ構図だ。
言った人々も、「本当に日本が核武装する」とは
最初から思っていないのである。
ただ、「議論してはいけない。というのはおかしい」と
いっているだけだ。
「核武装をすべきだと議論しろ」と言っているわけではない。

「宋襄の仁」の故事成語のように日本がならないように、
安倍総理には、今のまま舵取りを薦めて欲しい。

日本に残る「戦後レジュームからの船出」とはそういうことだ。
戦後に作られた「よき思想」のなかで、
時代から遅れてしまったもの、行き過ぎているものを、
見つめなおすことが
必要になっているということだ。

                     伊雲

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タグ : 親野智可等 戦争 戦後教育 教育基本法

DATE: CATEGORY:政治・経済・国際
いろいろと考えることがある。
今回の市長選の山崎氏の敗因は、どう考えても、
「オリンピック誘致失敗」にある。
そして、人工島の問題にある。

ようは、金を使ったことをうまく生かせなかったということだろう。

自分は、オリンピックも人工島も決して反対ではない。
志賀島へのアクセスは、昔からの問題だったし、
あそこに人工島を作って、空港を移転できたら、
山崎氏の株は思い切りあがったし、
もしかしたら、オリンピックを人工島でできて、
もりあがったのかもしれない。

歴史に「もし」は禁物だが、彼の施策そのものが
そんなに間違っているとは思えない。
しかし、ケヤキ問題などの金にからむ問題が大過ぎた。
「金を使っておいて、それはないだろう」というのが
多分、市民の正直な気持ちなのだと思う。

民主党の吉田氏が当選し、「財政を再建して」といっているが、
これは、長野で、失敗したやり方でもある。

物事には「中道」ということがある。
今日、テレビで、九大薮野教授(自分は授業を受けたことがあるのだが)が、
「吉田氏には未来についての展望がない。未来へのビジョンを示して欲しい。」
という趣旨のことをいっておられたが、
それにつながってくると思う。

確かに山崎市政は金を使いすぎた。
しかし、必要な金、公共工事というものも当然あるのである。
福岡市のインフラ整備は結構遅れている。
道路がまだまだ必要だし、
あの規模で循環道路がまだ完成していない。

そういう意味では、まだこれから「金がかかる」。
それを、どうするのか。
長野のように全部やめてしまうのか。

私の住んでいる久留米市に同じようなことがあったらしい。
詳しくは知らないだが、革新派の市長がいて、
「道路を作るのはよくない」とかいう思想があったらしい。
そのためか久留米市の道路事情は悪い。
最近、江藤市長になって、道路がどんどんできているのは
私は歓迎している。
三号線とか、とても通りやすくなった。

ようは、ものごとには中道というものがある。
やりすぎても、うあらなすぎてもいけないのである。
赤字赤字と支出を抑えすぎると、
市の活気自体がなくなるだろう。

極端にひとつの考え方にだけ凝り固まってしまうと
大局を見失う。
自転車のように、左し、右し、しながらも目的に向かって
いかなければない。
時には大きく、右にきり、時には左にきる。
そのバランス感覚が、結局、行政の長に求められている資質なのだろう。

                     伊雲


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タグ : 福岡市長 山崎氏 人工島 空港 長野 薮野教授 九大 中道 山崎市政 久留米市

DATE: CATEGORY:教育
今年の十月は暖かかったので、まだ、秋だなと思っているうちに、
気がつくと、一雨ごとに寒さがきわまってきた。
そして、気がつくと、11月である。

福岡県の最初の中学入試である筑陽学園が1月6日が受験日なので、
あと50日あまりで受験突入になる。

生徒の中にもあせりが見える。
そして、わが担当する算数が、あがらない子はいわんやである。(^^)
そういう子には、基本テキストを何度も解くように指示を出す。
今やっている受験向けのテキストは、結構難しい。
しかし、入試では基本的な問題をきちんととれば通る。
その基本的な問題をきちんととれるか。
何を捨て、何をとるのか。それが問われてくるのである。

だから、生徒には「簡単な問題をきちんと解けるようになれ」と、
口をすっぱくしていっている。
模擬テストでも、成績の良い子達は結局簡単な問題で
ミスをしないのである。
そして、難しい問題は、やっぱり解けていない。
だから、結局は、難しい問題ではなくて、簡単な問題で
差がつくということである。

ただ、今年は、不思議な学年で、
算数は、悪い子もいるだが、計算がしっかりできていて、
解きこめば何とかなるのではないかと思わしてくれる
子達である。
まあ、上のクラスは、今年はほっといても
大丈夫そうなクラスだし、
下のクラスも、結構いい結果を残すのではないかと思っている。

ただ、これから、一ヶ月あまり、これからが本当の勝負である。

今年の生徒は、私がたたきまくったせいか(^^)
根性が座っていて、風邪で熱があっても、
「授業を聞くんだ!」といってきかない女の子とか、
結構多い。
まあ、受験シーズンになれば、それもちょっと困るのだが、
そのガッツは買う。
これから胃の痛しシーズンであるが、
できるだけのことをして、
できるだけのことをさせて、
悔いの残らないそんな受験にしてあげたいものである。

                         伊雲

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タグ : 受験 伊雲 福岡県 中学入試 筑陽学園 算数

DATE: CATEGORY:雑記
しばらく、風邪だったりして、ブログの更新をサボっていたら、
結構カウンターが、減っている。
まあ、そりゃそうだなと思いつつ、テンプレートを変えて、
気分を新たにしてみた。

いつの間にか、季節は冬へとめぐり、
コートやホッカイロが必要になってきた。
このシーズンは、塾講師には、つらい季節でもある。

その話から、今日は更新することにしよう。

                       伊雲

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タグ : ブログ テンプレート

DATE: CATEGORY:ニュース
三輪中の自殺事件以来、また、自殺の流れが起こっているようである。
未履修事件でも、自殺者が既に二人出ている。

日本では、年間3万人を越える自殺者がいる。
これは、小規模の戦争が起こっているのと同じである。
しかも、わかい人だけではなく、
結構年配の責任のある世代の人の自殺も多い。
今回のような「校長」のような人たちである。

だからこそ、言わねばならないだろう。
自殺は、絶対の悪である」と。

自殺した人は、自分は「楽になれる」を思うのかもしれない。
しかし、残されたものが、どういう状態に置かれるか。
考えていない。
考えたら、自殺などできるはずが無いのである。

自殺されて残されたものは、ずっと苦しむのである。
あのとき、手を差し伸べられなかったのだろうかと。
自殺するほど、追い詰められていたのだろう。
自分も、その状況はわからないでもない。
実際に、いろいろと考えたことがないわけでもないし、
結構、人生の中では、つらい時期もあったからだ。

でも、死のうとは絶対に思わなかった。
それをしたら、負けだと思った。
それだけは意地でもやらないと決めていた。

もちろん、未来に楽しいことがあるとか、
そういう慰めをいうつもりも無いが、
それでも、人間は生きていかなければならないのである。

自殺は、絶対の悪である。
たとえ、どんな状況でも、生き抜かなければならないのだ。

幸福の科学の教えによると、自殺するとどうなるか、について
こう説かれている。

「今、いじめによる自殺事件などが数多く報道されている。
私は、最初の報道を見たときに、
『このような態度をとれば、自殺する人が連続して出る』と思った。(中略)
その理由を述べよう。
自殺した人間を、英雄視したり、悲劇の主人公にしてはならない。
自殺は悪である。この地上での修行目的の放棄である。
それは、英雄的行為ではなく、卑怯な行為なのである。
人生からの逃避なのである。(中略)
死んだ人間は、自殺という行為を通しては、天国に入ることはできないのである。
すべての不成仏霊となって、たいていの場合は、地獄にすらいけずに、
生きている人間に取り憑いて、その家族を、その周りを不幸にさせる。
それが現実である。」
             『永遠の挑戦』 P23~P24

「現代の日本では、毎年三万人もの人が自殺をする。
これは、同じ年の人でいれば、おそらく五十人に一人ぐらいだろう。
クラスに一人のひとが自殺をするわけである。
そういう人たちの大多数は、この世の苦しみから逃れるために、
「死にさえすれば、もう安らかになる」と思って死ぬ。
なかには、死後の世界を知っていても、
「死ねば天国に帰れる」と誤解して死ぬものもいる。
しかし、その者たちの未来を、あなたがは知っているだろうか。
人には、この世においてい来るべき天寿というものがある。
その人がもし、八十歳まで生きることを、
今世、生まれることの使命としながら、
五十歳で自殺をしたら、その後の三十年、どうなるか、
あなた方は知っているか。
この地上に、本来、生きるべき年数のあいだ、
その人は、天国に入ることも地獄に入ることもできない。
その三十年間、彼らがいるところは、
あの世ではない。この世なのだ。
彼らは、この世において、残されたものたちが、
悩み、苦しみ、路頭に迷い、
そして、その人生が崩壊していく姿を、
自分の予定された寿命が来るまで、見続けなければならない。
そのなかで、あたかも悪夢で苦しめられるかのように、
自分が死んだときのシーンを、
何度も何度も、繰り返し繰り返し、毎日毎日見ることになる。」

             経典『伝道の心』より

これを信じるもの、信じないものいるだろう。
しかし、信じようとも、信じざるとも、
これだけは魂に刻んで欲しい。

自殺は、悪である。

それだけでも、刻んで欲しい。

ちなみに、アメリカでは、自殺は「伝染病」扱いだそうだ。
自殺のニュースを見た人が、連鎖自殺をするケースが多いらしい。
だからこそ「自殺は悪である」ということを、もっと伝えなければならない。

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タグ : 自殺 幸福の科学 永遠の挑戦 伝道の心

DATE: CATEGORY:教育
未履修の問題で、自殺する校長が出だすなど、
何か、教育の混沌をしねすような事件が最近多い。

そもそも、高校がなぜそういう形になるか。
それは、大学入試にあわせるからである。

そういうと、大体の人は、
「だから、大学入試の問題を軽くして負担を減らすべきだ」ということを言い出す。

しかし、これは発想が逆である。
「1995年以前の、カリキュラムに戻し、
 大学入試の科目を増やす。」

これが、正しい解決策である。
そうすることで、今回の未履修事件は、解決できる。
そもそも、高校でのこういった傾斜授業の背景には、
授業こま数と、学習内容のアンバランスがある。

ゆとり教育にて、削減した内容を、全部高校挙げた。
では、高校はどうなったか。
今まで、中学で教えていた内容をひきとって、
しかも、大学入試に対応させなくてはならない。

大学側が、受験科目を減らしたことで、
その科目だけを優先的に勉強させる。
これは、当たり前のことであって、
個々の学校が攻められるべき問題ではない。
しかし、大学では、逆に中学の内容を授業しないと
大学の内容を理解できないような状況になっている。

これを「本末転倒」というのだ。
そもそも、高校のカリキュラムだって、
90数%の人が理解できるような内容ではないし、
(だったら、”高等”ではないだろう)
もし、それを維持するためには、
「学問の有用性とそれを努力でマスターせねばならないこと」を
もっと強調しなくてはならないだろう。
それをせずに、小手先だけの変な改革をするから、
こういう結果になる。
悪因に悪果がうまれたということで、当たりまえである。

そもそも、2002年の削減は、生徒のためではなく、
教師側の労働条件を整えることが目的であった。
いわゆる、週休二日の実施は生徒のためではない。
教師のためである。

しかし、本来、教師には休みが無いのが当たり前である。
第一高等学校(後の東大)の総長をしていた、
新渡戸稲造のもとには、休みの日には、生徒が出入りしで、
授業で聞けないことを、聞くための質問日になっていたようだが、
それが教育者の姿である。聖職なのだ。教育とは。

そういう意味では、いまの教育もんだいの解決策は、
「学問の価値」をもっとたかめることであり、
様は「勉強することは大事だ」ということを、
はっきり理念とすることである。

勉強について来れない人がでるのは当たり前である。
だからこそ、がんばって勉強する意味がある。
根本から、間違っているのである。
そして、100人のうち、10人しかわからないことを、
のこりの40人が分かるようになるから価値が生まれる。
それが教育である。
だから、教育は、量、質ともに維持されなくてはならない。
もちろん、ついてこれない人もいるだろう。
それは、それで、道が開けるようにすればいい。
すべての人が、高校や大学に行く時代より、
そのほうが、正常である。

最低でも、2002年以前のカリキュラム。
できれば、1995年以前のカリキュラムに戻すべきである。
1995年以降のカリキュラムでも、研究の分野では、
通用しない人材が増えている。
いわんや、2002年ではいかにである。

そういうことをいうと、
「時間が足りない」といわれる。
そう、足りない。
だから、土曜日の授業を復活させればいい。

これは、塾業界からいうと、
本当はしたくない提案である。
生徒のほとんどは、土曜日に来ている。
むしろ、土曜が休みのほうがありがたい。
しかし、それでは、教育はだめだ。
公教育が再生しないと、結局はだめだ。
だから、土曜日を戻し、うまくいっていたころの教育に
戻すべきである。

そういうと、「教師の労働条件が」とか言われる。
しかし、それは、言ってはいけない。
「教師は聖職である」
この言葉を、改めて教職者全員が肝に銘じるべきである。
「労働者」として自分を認識するものは、
教育の世界から去るべきである。

「国を滅ぼすには、武器は要らない。
 教育を、ちょっと傾ければいい」という言葉がある。
まさにその通りである。

本来の姿に戻す。
「教育」とは、何ぞや。
そこに戻るべきである。

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タグ : 教育問題 自殺


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