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今日の仏法真理 ~幸福の科学 大川隆法 総裁の御著書より~



■ 『真の平和に向けて』 まえがき
Date: 2015-04-27 (Mon)

昭和天皇は、ご生前、戦後の沖縄の人に
会えないでおられたことを
残念に思っておられた。
御魂として、沖縄の地でその旨を私に伝えて来られた。
昭和天皇の御心を受けて、本説法はなされた。

首相官邸は、決して迷走してはならない。
日本の戦後は終わった。
新しい日本を創造しなくてはならない。
私は、輝ける国・日本を創り、
沖縄を二度と植民地にはさせないつもりである。
救世主の声を信じるがよい。




             過去の仏法真理
http://homepage1.nifty.com/ikumo/butugon/butugon.html

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DATE: CATEGORY:教育
今回は、一冊の書籍を紹介させていただこう。
昨年発行された本で、

東大生が教える!超暗記術 (単行本)
徳田 和嘉子 (著)

である。
この本は、昨年発刊されたときに、買った本である。

この本のアマゾンでの評価は、結構分かれている。
「あたりまえのことを書かれている」という評価と、
「中学生・高校生に読ませたい本だ」という評価だ。

じぶんは、どう評価したかというと、
「自分自身はほとんど実践していることだが、
子供たちには、読ませたいな」という感想だった。

自分たちが、中学生のころには、
「勉強の仕方」を教えてくれる雑誌があったことは、
前にも、書いたことがある。
いわゆる「中一時代」や「中一コース」という雑誌は、
勉強に関する記事が中心で、
それを読みながら、「暗記の仕方」なども覚えていったものだ。

この本は、そういう自分の勉強方と重ね合わせると、
くすくす笑いながら、読める、「実用本」である。

もちろん、「本格的」かといえば、違う。

しかし、受験参考書など、重厚なだけで、ほとんど使えない本が多い中で、
この本は、あまりにも実践的でありすぎて、評価が低いのかもしれない。
このくらいのことは、多くの人がやっているのかもしれないが、
だからこそ、「このことを知らなかった人」には、
ものすごく、プラスになる本だと思う。

最近学習法の本がたくさん出ているが、
どこから手をつけていいのかわからない人は、
この本から手をつけてみるのもいいのではないかと思う。

この本で、興味深いのは、「暗記には時間を変えるしかない」という認識が
覆り、「いかに、時間をかけないで、強烈に暗記するか」という
具体的な方法論が書かれていることだ。

はっきりいって、自分がよんで、「おおなるほど!」というような本ではないが、
勉強を現在進行形で進めている人には、参考になることが多い本である。

たとえば、語呂合わせについて述べている。
しかし、「語呂合わせを自分でつくる」というのは、
意外としてないのではないだろうか。

自分は、中学のとき、岩石の組成を覚えるのに、
「うんちょせき、奇跡のせんらん」という語呂合わせを自分で作った。

雲母・長石・石英などの覚え方だが、実は順番はこの順ではない、

かくせん石・キ石・カンラン石の順番だが、
この覚え方でも「自分は」わかる。
この自分だというのが大事なのだ。

もう一つ面白いなと思ったのが、
「語呂合わせ」ならぬ「ごろがいい」という暗記法だ

これは、ただ、覚えるべき言葉を、リズムをつけて覚える方法。

以前に、動詞の活用で、未然連用・・・を覚えると金きにこれを使う。
独特のリズムで読んで、そのリズムごと覚えてしまう。

こういういわゆる「実際の知恵」がたくさんある。
体系づけられたものではいが、逆に、自分に使えるところだけ、実践すればいい。

この本は、「使えるところだけ使う」本である。
そういう意味でも、一読してほしい。

こういう本こそ、本当の「実用書」なのだ。

『伊雲の塾講日記』(ID:0000231728)
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タグ : 東大生が教える!超暗記術 徳田 和嘉子

DATE: CATEGORY:教育
■小中の理科「選択」を廃止 ゆとり教育見直しで(2007.9.15産経新聞)
 学習指導要領の改定作業を進めている中央教育審議会の小中学校理科部会は14日、現行の指導要領の「選択項目」を廃止し、学習内容を共通化する方針を固めた。また、「イオン」「日本の天気」などの項目を、中学校に戻すことを柱とする素案をまとめた。
 選択性を過剰に重視し学習内容を3割削減した「ゆとり教育」(平成14年度開始)の路線見直しに伴う方針。
 現在の小学理科では(1)「振り子」か「衝突」(2)「卵の中の成長」か「母体内の成長」(3)「地震」か「火山」-という二者択一の「選択項目」を設置。中学にも同様の制度がある。教科書でも児童生徒が学びたい内容を選ぶようになっており、内容別に分けたグループ学習も行われている。
 だが、現場からは「教えづらい」「結局、両方とも教えざるを得ない」「選択にする意味が分からない」などの不満が相次ぎ、「基礎基本の共通化は必要」と判断した。
 削りすぎた学習内容も復活。現在は中学で学んでいる「太陽と月」は小学で学ばせる。「遺伝の規則性」「電力量」「力の合成と分解」などは高校から中学に戻す。
 一方、高校の科目構成を再編。入門編となる「理科基礎」「理科総合A」「理科総合B」の3科目を廃止し、「科学と人間生活」(仮称)を新設する。

■小学校で全都道府県名と位置くらいは暗記を…中教審方針(2007.9.12読売新聞)
 今年度内にも改定する予定の学習指導要領について、中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)の専門部会は、小学校社会で、47都道府県と世界の主な国々の名称と位置を覚えさせる方針を固めた。
 現行の指導要領で学習内容が3割削減されたことに伴い、弥生時代から教えることになっている日本の歴史も、縄文時代から教えることにする。
 詰め込み教育への批判から、授業時間が大幅に減る一方、自分で資料を探して発表するといった「調べ学習」の時間が増えたため、「学校が基本的な知識を教えない状況」(文部科学省)になり、学力低下の一因と指摘されていた。今回の方針は、脱ゆとり教育への転換を示す一例と言える。

    教心ネットより http://www.kyo-sin.net/より

やっと、ここまできたかというところではある。
「学力低下」の問題から、やっと重い腰を上げた教育問題。

2002年に削減されて、高校に統合されていた「イオン」や「日本の天気」が
中学校に戻ってくることになった。

高校に行っていたといっても、「統合」されていただけで、
中学でやっていたような「内容」は、実質削減されていている。

また、この記事を見て思った人もいるだろう。
「イオン」や「日本の天気」って削減されていたのかと。
そう。2002年から、削減されていたのである。

中学の理科の単元は、「難しいが大事な単元」は、
全部高校へと移行していた。

この傾向は、どの囲むにも共通している。
その結果、高校では、教える時間が足りなくなり、
未履修問題が生まれた背景になったのである。

昔から、1995年以前のカリキュラムに戻すべきだと主張していた
自分にとっては、一つの前進であると感じられる。

しかし、この失われた五年間は、どうするのか。
この削減内容で育った生徒たちが、すでに社会人になり始めている。

今年は、団塊の世代の大量退職のために、
就職は売り手状態のようだが、
その内実は、学力的にはお粗末なメンバーが、多いかもしれないということだ。
だから、何年か後には、もしかしたらその影響が出てくるかもしれない。

ちなみに、読売新聞の記事にもあるように、
社会では
「小学校社会で、47都道府県と世界の主な国々の名称と位置を
覚えさせる方針を固めた」とあるように、
今まで、「覚えさせていなかった」のだ。

そういう「悲惨」な状況の中で、学習してきた生徒たちが、
学力低下するのは当たり前である。

さあ、やっと「ゆとり教育」が、転換し始めた。
うれしい限りではあるが、これまでの時間はいったいなんだったのかと
改めて思うしだいである。


『伊雲の塾講日記』(ID:0000231728)
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DATE: CATEGORY:ドラマ
金八先生の8シリーズが始まるらしい。

今回の金八のテーマや主人公のことをはきになるが、
もう一つどうしても気になることがある。

それは「ゆとり教育」をどう扱うのかということだ。

基本的に、前の脚本家小山内さんが、「ゆとり推進派」だったこともあり、
金八も、「ゆとり推進」型である。

それについて、どのように結論ずけるのか。

人間性だけが大事とか言わないだろうね。

それが本当に気になる。
学力よりも人間性だ見たいな結論にしないでほしい。

「教育の現実を描く」のなら、
「ゆとり教育の敗北」について、書くべきだ。
それを、本当に希望する。

好きな番組であり、影響を受けた番組である。
それゆえに、安易な結論にしてほしくない。

上林先生のような、厳しい先生も出てほしいと思う。

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DATE: CATEGORY:雑記
実は、DSがほしいなと思っていた。
もちろん、英語の勉強でDSを使って点数を上げた話などの、
「勉強」のツールとして、手元とに持っておきたいという思いもあったが、
実は、この「逆転裁判4」をしたいという思いがあったのだ。

逆転裁判シリーズは、「3」をはじめにやった。
綾里千尋の若かりしころが、最初は主人公だと思っていた。
それで、第2章からなるほどうが出てきて、「誰だこれは?」と
思ったのを思い出す。

そのゲームとは思えないうねるストーリに圧倒され、1・2と買い求めた。
そのために、ちかくのゲーム屋で、GBAの安いやつを3000円くらいで
買った。

で、4がDSででて、やりたいと思っていたが、
わざわざDSを買うのもなぁというのが正直な気持ちだった。
しかも高い!15000位するしな・・
そこまでゲーム機にお金をかけるような年でもないしな・・・

そんな風に思っていたら、近くのレンタルビデオ店に併設しているゲーム屋で、
偶然、傷物のDSを見つけた。

DS 箱に傷あり、本体に傷あり、タッチペン一本のみ、7000円
7000円!やすい!
その場で衝動買いをしてしまった。(^^)

まあ、こっちにしてみれば、「DSが動けばいい」のであって、
傷が入ろうが、色がはげようが、「動けばいい」ということあので、
こんないい買い物はない。

そして、中古で、「逆転裁判4」を買い、やってみた。

なるほどうが、主人公ではなく、オドロキ君が主人公になっているのは
知っていたが、
なるほどうが弁護士でなくなっていたのはびっくりした。

4章終えての感想は、やはりすごくいい。
ただ、「なるほどう」の物語だった気がする。
まあ、綾里家が、前のシリーズの影の主役だったことを考ええると
逆転裁判らしくていいのかもしれない。

しかし、最後のメインシステムからの流れは、
やはり圧巻だった。
「逆転裁判の真髄ここにあり」という感じ。
すべての複線がある一つの結論に終結していくとき、
すべての事件が、一つのところに終結していく。
その手法が見事だった。

「アルマジキ」一座が今度の新しいシリーズの
裏設定になるだろうが、
ラミロアさんの親子の名乗りとかも多分これから出てくるのだろうか。

逆転裁判5が発売されることが決まったそうなので、
楽しみにしておこう。

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タグ : 逆転裁判 DS 綾里家 ラミロア

DATE: CATEGORY:教育
先日、夏期講習を小6の非受験のクラスで受けた生徒から電話がかかってきた。
福岡女学院を受けたいという。

おかあさんいわく
「自分もそこの出身だし、よくわかっている。今からでも通る」といわれた。

うーん。これが実は一番困る電話である。

「自分たちの受験」で、今の受験を考えているのである。

たとえば、前述の福岡女学院だが、確かに偏差値的にはそれほど高くない。
しかし、最近、ゆとり教育の反動で、
「しっかりした教育」をしている学校に人気が集まり、
「長い伝統のある学校」を見直す動きがある。

その中で、「長い歴史の中で、確実に教育を行ってきた」福岡女学院は、
実はだんだん、レベルを上げつつある。
年々通りにくくなっているのだ。

以前は、申し訳ないが、
「福女なら、大丈夫ですよ」といっていた時期もある。
実際に、それほどの難問が出るわけではない。

しかし、最近、そうでもない。
昨年は、問題が難しくなったし、合格のボーダーも上がっている。
この現象は、男子校では「泰星中」でも起こっている。

同じ様な話で、「西南学院」の話がある。

私たちの世代であれは「西南」「大濠」と言えば、
「公立高校の滑り止め」というのが一般のイメージだろう。

しかし、現在では、まったく違う。

西南学院は、「西南学院中学の共学化による急激な人気度アップ」により、
引っ張られて、高校もかなりレベルが上がっている。
「西南学院中」は、福岡県の中学入試のトップ(附設を除く)であり、
「西南学院高」は、
いまや公立トップ高に通る生徒でも落ちるようなレベルになっている。
滑り止めにはとてもできない。

この「私立中の成功による劇的な人気度アップ」によるレベルのアップが、
なかなか、外からはわかりにくいようだ。

昨年から、劇的に難易度が上がったのが、
「福岡教育大学附属中」。
五科目になったことと、抽選がなくなったことで、難易度が劇的にアップし、
西南に通るメンバーが落ちるようになってきた。

こういう「難易度の変化」は、年々のものである。
だから、「自分たちのころの受験」を基準にしてはいけないのだ。

ところで、私立中受験をするには、どのくらいから塾に行くべきなのだろうか。

この質問を塾にすると、おそらく「早ければ早いほうがいい」と言うだろう。
なんせ、「青田買い」は早いほうがいい。

しかし、このことにきちんと答えてくれる塾は「誠実」な塾であるといえる。

中学受験をするとき、塾にいくタイミングは、

(1)小4カリキュラムの立ち上がり(小3の2月頃)
(2)小4夏期講習
(3)小4冬期講習
(4)小5カリキュラムの立ち上がり(小4の2月頃)
(5)小5夏期講習
(6)小5冬期講習
(7)小6カリキュラムの立ち上がり(小5の2月頃)
(8)小6夏期講習

これくらいが選択肢になるだろう。
この中で、「4月」という選択肢がないことを注目してほしい。
中学入試は、基本的に、1月に実施される(福岡県の場合)
なので、ほんとどの塾は、前の学年が受験が終わった段階で、
下の学年のカリキュラムを、次の学年へと切り替えているのだ。

だから、4月に入塾すると、
他の生徒が、何ヶ月か先にはじめたカリキュラムを
追いかけることになる。
結構、それはハンデになると思う。

自分が、一番お勧めするのは、可能であれば
(2)小4の夏期講習
次が、
(4)小5カリキュラムの立ち上がり
であり、一番遅くても、
(5)小5の夏期講習
までに来ておいてほしいというのが本音である。

「受験は小4から」と言われるが、小4のはじめから来る必要はない。
小4の一学期の内容は、それほど難しくない。
そして、基本的に夏休みは、
「前の学期の復習」というのが基本だ。
だから、ここからくれば、
一学期分の内容も網羅できて、スムーズに
中学入試のカリキュラムに入れる。

そして、受験するのに欠かせない学年が、「小5」である。
以前であれば、学校の小5と中学の受験の小5には、
それほど差がなかったのかもしれない。
しかし、今の学校カリキュラムでは、
「通分」や「速さ」を行うじきが遅すぎる。
中学入試において、この二つは「基本」であるにもかかわらず、小5の最後の方
速さにいたっては、小6で習う。
これでは、中学入試には太刀打ちできない。

「小5を、塾で過ごせるか」
これが中学入試の大きなポイントであるといえる。

そして、正直申し上げて、受験の最後のタイミングは、小5の夏だろうと思う。
基本的に中学入試のカリキュラムは、小6からでは、無理だろう。
小6の一学期は、カリキュラムの最後の仕上げをする。
つまり、「一番難しいところ」を、やっている。
そして、夏期講習で、受験に向けての体勢をとっていくのである。
なので、小6の4月から塾に行くのはやめたほうがいい。
おそらく、まったく算数は、まったくわからないだろうと思う。

そして、最後の裏業として、小6の夏期講習がある。
正直、難関中でなければ、ここに来てくれていれば、なんとかなる。
受験に向けての総復習が夏から始まるので、
ここから授業を受けるほうが、四月に受けるよりいい場合もある。
簡単なところから、ときなおしていくので、ついていきやすいかもしれない。

いろいろと述べたが、原点は「知っている」ということである。
中学入試のカリキュラムは、独特である。
そのことを「知っている」ということが、大事だということだ。

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DATE: CATEGORY:教育
中三のこの時期になると、模試の回数も増えてくる。
そして、当然それは、「模試監督」の回数も増えてくるということでもある。

特に日曜日は、だんだんと「毎回模試」の形にあってくるのだが、
今回も、テストがあった。

そして、監督をしているなかで、
生徒が解いている状況を見ていると、
「性格」というものが、入試に与える影響について考える。

たとえば、几帳面な性格の生徒というのは、几帳面なので、正確さがある。
その反面、試験に対する図太さというか戦略的な発想がない。

問題を解くときにも、順番どおりにしか解けない生徒がいる。
しかし、これは、危険な解き方である。

どこに難問があるかわからないし、簡単な問題が最初の方にあるとは限らない。

特に福岡県の場合、最後の問題は立体で、
その最初の問題は、もう十何年も「ねじれ」の問題である。
(違った年もある)

受験生にとっては、はっきりいって、「取れる問題」である。

しかし、このねじれが結構くせもので、「あっているか、間違っているか」の
判断の基準がない。

方程式なら、「小数になったらいけない」とかいう、「答えの縛り」があるが、
ねじれは、答えは2から5本の間で大体答えは決まる。

なので、丁寧にとくことが求められる。

こういう問題は、「先に解いておくべき問題」なのだ。
時間があれば、間違いなく解ける問題であるからである。

しかし、順番どおりにといている生徒は、最後の十分から、
悪い場合では、五分位で、立体にたどり着く場合もある。
そうすると、立体の難しい問題を、正解しようとするために、
ねじれの問題がおろそかになる。
そして、間違っていく。

入試とは、自分との戦いであるとともに、
他者との競争でもある。

あるいみ、「たたかい」である。

そこには「戦略」や「戦術」が必要である。

「戦略」は、塾などに行けば、塾が立ててくれているので心配は要らない。
しかし、「戦術」は、個人個人でマスターしていく必要がある。

テストは、「実力」の他に「得点力」が問われる。
「普段は解けるのに」は、テストでは、まったく意味がない言葉であるのだ。

「得点力をあげる」ためには、「テストの戦術」というものをマスターせねばならない。

たとえば、国語なら、
「漢字・語句」→「古文」→「現代文」というのが、基本的な解く順番である。
福岡県の場合、作文をどこに入れるか迷うところだが、
配点が60点中14点であることを、鑑み、
先にといておくほうがよいだろう。

また、「接続語」や「空欄補充」などの問題で、わからない問題は、後回し。
基本的には、「指示語」や「抜き出せ」の基本的な問題からとくのがいい。
接続語は、意外と点を落としやすい。
すぐわかるもの以外は、文意を十分読み取ってからとくほうが無難である。

また、現代文より、古文の方を先にとくのは、
古文には、「確実に点になる問題」が存在しているからだ。
「現代仮名遣い」などがそれである。
パターン化されているし、
もう一つ「相性」による出来、不出来があまりない。

現代文は、結構「相性」がある。
読んだ瞬間、「なんだこりゃ」と思う文章と、
「これ読んだことがある」と思う文章では、
得点に差が出るのは、当たり前である。
しかし、最初の科目の最初の文章で「相性」が悪いと、目も当てられないのだ、
その引きづりを、後の科目に持ち込むこともある。
だから、確実に点が取れる部分を先にやっておく。
このことは、受験の緊張をほぐす役割もある。

こういう発想を「戦術」というのだ。
そういう考え方がない生徒が多い。
もちろん、受験にはまだ大分あるので、それまでに身に着けていけばいいのだが、
できれば、早く身に着けると有利になる。

数学でいえば、「大問1を確実に取ること」と
「各大問の(1)(2)を確実に取ること」だろう。
大問一をおろそかにする生徒が多い。
しかし、福岡県の場合、大問1の配点は一問4点、
証明などの記述問題の配点は、5点だ。
一点しか変わらないのである。
苦労して書いた方程式も、大問1の(1)も、
配点はさほど変わらない。

そして、一次関数や、立体の(1)(2)は、
実はぜんぜん難しくない。
だから、解くときには、
まず、「大問一」→「一次関数の(1)(2)」→「立体(1)(2)」
このあたりをまず、最初にとっておいて、
難しい方程式や文字の証明に入っていく。

実は、福岡県の証明問題は、
14年ぐらい連続で(一年を除き)「相似」の証明だ。
これは、「二角がそれぞれ等しい」という証明なので、
実は、ぜんぜん難しくない。
ここも先に、とっておくといい。
証明の条件が変わっているときは後回しにすればいい。
平面図形は、証明が一番簡単で、あとが難しい。

こういうことを頭にいれて、
「できる問題を先に解き、難しい問題をあとでじっくり考える」
これが、入試の解き方である。
一番馬鹿らしいのが、
「難しい問題で時間を食って、簡単な問題で落とす」ことである。

几帳面で、最初からとかなければ気がすまない人は、
確かに、普段の生活では美点かもしれないが、
受験においては、損をする。
受験とは、「いくさ」である。
「他者に勝つ」ことが、要求される。
そして、その前には、「自分に勝つ」必要があるのだ。

受験を通して、たくましく、
そして、戦略的・戦術的な発想を手に入れてほしいと思う。
それは、決して、「ずる」ではない。
そのことを心に刻んでほしいと思う。

『伊雲の塾講日記』(ID:0000231728)
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DATE: CATEGORY:未分類
先日、長年使った扇風機が、経年劣化のため、
火を噴いてお年寄りが亡くなるという
事件があった。

お年よりは、「もったいない」と思って、
おそらく買い替えをしなかったのだろうが、
非常に痛ましいことだ。

この「もったいない」は、
確かに日本が世界に誇る大事な思想であるが、
その中に「智慧」を含まないと
「もったいない」と思っているつもりが、
無駄使いになることもありうる。

たとえば、電気製品の使用電力量は、
オイルショック以来、劇的に減少している。

しかし、「もったいない」からといって、
昔の電化製品を使い続けている家庭が
多いのではないだろうか。

電化製品については、経年劣化の問題や、
使用電力量の問題を考えると、
「ある一定の年月ごとに買い換えること」が、
実は、「もったいない」という思想に合致する。

古い冷蔵庫やエアコンは、
実際には、かなり電気を食っている。
それゆえ、実は、エコロジーに反しているということがあるのだ。

また、温暖化対策で、ペットボトルや紙の再利用のため
収集時の分別が義務付けられているが、
実際には、再利用はハイコストで、ペイラインに乗らないようだ。

ペットボトルに関しては、そのまま、
「ペットボトル」として、再利用することは
できないのだろうか、いつも思う。
技術的に問題があるのかもしれないが、
多分、メーカーがさまざまな形の形状のものを出しているので、
リサイクルしにくいというのが、実際のところだろう。

しかし、温暖化対策は、待ったなしである。
新しいエネルギー源の開発が急がれている。

ペットボトルの原料を植物由来のものにして、
そのペットボトルを使って、発電をするとかいうことが、
できたらどうだろうかと思うが、
これもペイラインには、なかなか乗らないのかもしれない。

そういうさまざまに発想を変えて、エネルギー問題は立ち向かっていかないと、
温暖化の影響で、日本のいくつかの都市も沈むかもしれない。

そこまで切羽詰らないと、
本格的な対策は、始まらないのかもしれないが、
オイルショック・フロンガスを
二つの大きな事柄を乗り越えてきたのだから、
この温暖化も、科学技術の力で乗り越えてほしいと思う。
そして、それが、次の世代への日本の責任でもあると思う。

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DATE: CATEGORY:教育
最近、「早期教育」が、盛んになっている。

ピーターフランクルさんなどの主催する早期教育や、
その他、さまざまに早期教育のスタイルが提唱されている。

その中で、注意すべき点がある。

「早期教育」と「先取り教育」とは、違うということである。

「早期教育」とは、感性の豊かな小さいうちに、
ゲーム感覚で、数字や立体に関する感覚を、養うためのもの。

そして「先取り教育」とは、
「カリキュラムを、2・3年早く子供にやらせること」である。

どうも見ているとこの二つが混同されているように思う。

特に、「小学生で、方程式やっています。」とか、
「中学生のカリキュラムは、何とか式で終わりました」とか
いうことを聞くが、
その生徒が本格的な勉強が始まる中学校に入ってから、
はたしてできるかというと、半分半分かなぁというのが
正直なところである。

実際に、あんまり早い時期に、
暗記的な学習を反射的に繰り返し繰り返しやらせると、
そのときは、できるようになるが、
その後、創造性が失われる場合が多いことが
指摘されているし、
実際に、小学生の低学年にやった勉強の内容など
ほとんど覚えていない。

現在、「早期教育」が盛んになっているのは、
立体感覚や、数字に関する感覚を、
小さいころに見つけておくと、そのあとの広がりがあること
などが、理由である。

しかし、その内容は、決して「先取り」ではない。
まったく、新しいカリキュラムである。

実際に、先取り教育が効力をはっきりするのは、
1年分から2年分までの先取りぐらいで、
(2年分でも多いと思う)
それより以前は、あんまり意味がない。

むしろ小学校低学年の時に、高度な問題をやらせるのは
やめたほうがいい。

有名な言葉に「九歳の壁」というのがある。
子供たちの思考は、身近になるもの(具体的なもの)を
最初中心にして、理解する。

そして、その理解の形態が、抽象的概念へと変化するのが、
だいたい9歳を過ぎたころである。

これより以前の理解は、「具体的な理解」であり、
「思考的理解」ではない。

たとえば、さっきの小学生の方程式の問題など、
確かにあっているが、
しらみつぶしをしていたりいるだけで、
過程がめちゃくちゃである場合が多い。

ようは、「とき方」を理解しているのではなく、
「経験的」にといているだけなのだ。

この「具体的な思考」の時期のキーワードは、
「ていねいにゆっくり」である。

この時期、あんまり急がせすぎると、
ものごとをいい加減に理解する癖がつく。
すると、本格的な思考が始まる時代になっても、
物事を深く考えなくなる。

この時期、一番大事なのは、
「基本的な問題を繰り返し何度もすること」だ。

このころの生徒の記憶は、単純記憶で、ただ、そのまま覚えているだけだ。
なので、すぐ忘れてしまう。
「前は解けたのに、すっかり忘れている」なんてことは
よくある話である。

だから、「他の人よりも早くできる」ことよりも、
「なんどもやる」とを大事にすべきであるのだ。

この時期に、あんまり「先取り教育」をしすぎるのは危険である。
なんせ、新しいことをするのは面白いが、
何度も同じことをするのは苦痛なので、
一度やったことはしたがらないのが普通だ。

しかし、低学年の内容は、どれ一つかけてはいけない。
「カタカナ」だって、大人からすれば簡単だが、
英単語がなかなか覚えられなかったように、
はじめて習う子供たちには「外国語」と同じである。
それを「簡単なのに、なんで忘れるの」などと
いってはいけないのである。

そういうことを理解したうえで、少しの先取りは、
授業が復習になり、レディネスが準備されることになるので
効果的だが、
あまり先に進んでいくことはあまり、お勧めできない。

では、どこら辺から負荷をかけるか。
それは、先ほどの九歳の壁を越えてきたかを
ひとつの判断基準にすべきである。

そして、そのとき、基準になるのは「国語」である。

私たちは、あんまりに与え前すぎて忘れているのだ。
「理解し、思考する力は、日本語の力である」ということを。

まず、「音読」をさせて、すらすらと読めること。
そして、説明文などを呼んで、正しく文意を読み取れること、
などが、前提になる。

低学年の時には、
むしろ必要なのは「親子の対話」と
「体を使った経験」である。
知識よりも「体で覚えたもの」が強いのである。

特に、「親子で対話をきちんとしているか」というのは、大きい。
そして、会話の中に、知的な言葉をうまくおりこんていくこと。

たとえば、「今日の野菜は、宮崎で取れたんだよ。
      宮崎ってどこだろうね」とか

「今日、アイスクリームに割引なんだって、二割って
 どれくらい安くなるのかな」とか。

そういうせりふを織り込んだ「親子の対話」こそ、
最高の「早期教育」である。

このとき、注意せねばならないのは、
押し付けがましくならないこと。

そういう会話を続けていくうちに、
「自然に」記憶に残っていることが大事であり、
「暗記させよう」とするのはまだ早い。

勉強してないようにして、実は学びになっている。
その「巧みな会話」をもたらすのが、
実は一番の早期教育でもあるのだ。

『伊雲の塾講日記』(ID:0000231728)
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